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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1222号 判決 1961年12月25日

控訴人 堀節治

被控訴人 浅草税務署長

訴訟代理人 加藤宏 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決をとりけす、本件を東京地方裁判所にさしもどす、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、旨の判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおりおぎなうほか原判決事実らんにしるすとおりであるからここにこれを引用する。

(控訴人の主張する事実)

一、所得税法の再調査請求や審査請求は民事訴訟法における控訴や抗告と同様の性質を有する公法上の行為であつて、行為者の内面的な意志や動機の如何によつてその解釈を異にすることはできない。原審においても主張したように、控訴人は被控訴人にたいし東京国税局長宛の審査請求書を提出したが、その内容は被控訴人のなした更正処分に対して不服を申立てる趣旨のものであることは明白であるから、みぎ書面の表示は被控訴人宛再調査請求書の誤記であり、その表示如何にかかわらず再調査請求書としてとり扱わるべきものであつて、このとり扱いは、かりに控訴人が内心において被控訴人にたいし再調査を求めず、直接に東京国税局長にたいし審査を請求するつもりであつたとしても、みぎ控訴人の意図とかかわりなく、客観的に維持せらるべきものである。

まして控訴人は更正処分にたいしてはまず再調査の請求をすべきであつて、この再調査の請求にたいする税務署長の決定があつたとき、はじめてその決定にたいし国税局長に審査請求をすることができる、ということを知らなかつたのである控訴人は税務署長から所期の決定を得ることはできないと信じ、国税局長に審査の請求をなしたのであるが、もし控訴人において再調査の請求をした後に、国税局長に審査の請求をすることができるということを知つていたならば、進んで前記書面を被控訴入宛の再調査の請求と訂正したであろうことは疑を容れないところであるから、控訴人の内心の意図を云々して本件請求書を被控訴人宛の再調査請求書として取扱わなかつた被控訴人の措置は失当である。

二、控訴人が被控訴人に交付した甲第一号証が審査の請求書と題し、かつ東京国税局長宛になつているにかかわらず、甲第二号証であきらかなように被控訴人は控訴人にたいし収支計算書と貸付金明細書との提出を求めている。これは被控訴人が甲第一号証の書面の提出をもつて再審査の請求があつたものとみなしたからであつて、みぎ措置は被控訴人において控訴人の意志にかかわりなくその提出の書面を再審査請求書としてとり扱うこととし、控訴人の形式上の過誤を宥恕したものにほかならない。被控訴人のみぎ措置は一種の擬制であるから、控訴人は勿論被控訴人といえどもみぎ擬制の効果に変更を与えることはできない。したがつてたとえ控訴人の意図が再調査請求でなく、審査請求をしようとしても、被控訴人のみぎ措置の趣旨を異つて解することは許されないのである。

被控訴人はみぎ甲第二号証の通知は再調査と訂正することを前提としたと主張するけれども、そのようなことは甲第二号証のどこにも表示されてをらず、その他いかなる方法によるもみぎ訂正を前提とするものであるということは控訴人に対し表示されていない。したがつてかかる前提がみたされなかつたからといつても、甲第二号証の通知がなかつたことにはならないし、またみぎ通知の効果を消滅させること、さらに具体的にいえば適式な再調査があつたとみなしたことを撤回することはできないのである。

三、以上のとおり解すると、甲第一号証の提出により昭和三一年一二月一八日再調査の請求がなされたにかかわらず、それら三カ月内に被控訴人によつて再調査の決定がなされなかつたのであるから、昭和三二年四月一九日東京国税局長に審査の請求があつたことになる。しかして東京国税局長は控訴人にたいし収支計算書等の提出を求めたが、控訴人においてこれに応じなかつたので、同局長は所得税法第四八条第四項の方式を具備せざるものとして控訴人の本件審査の請求を却下した。しかしながら最高裁裁所昭和三四年(オ)第九七三号事件の同裁判所の判決が示すように、所得税法施行規則第四七条で証拠書類の添付を命じているのはかのような書類があれば添付せよという趣旨と解すべく、これらの証拠書類の添付は所得税法第四八条第四項の方式ということはできないから、証拠書類の添付がないという理由で審査請求を却下することなできないものと解すべきである。かように不適法として却下すべきでない場合に、国税局長が誤つて審査請求を却下した場合は同法第五一条の審査の決定があつたものとして適法に出訴できるものと解すべきである。

四、東京国税局長は前記のように甲第四号証で控訴人にたいて収支計算書等の提出を求めるとともに、所定の期日までにこれを提出しないときは審査の請求を却下する旨通知した。

このことにより、前記二記載と同様の理由によつて、同局長は甲第一号証の書面の提出をもつて調査の請求があつたものとみなしたものということができる。かりに同局長の前記取扱いについて被控訴代理人のいう前提があり、かつこれが充されていなかつたとしても、被控訴人は前述のみなしたことの効果すなわちかしを宥恕したことを撤回することは許されないことは二において述べたとおりである。

(被控訴人の主張する事実)

一、再調査の請求や審査の請求が私私人の公法上の行為であることは控訴人主張のとおりである。しかして、公法上の行為については行為の外形から客観的に判断すべしとする控訴人の主張にしたがつて控訴人の提出した書面を解釈するならば、みぎ書面が「審査請求書」と題し、その名宛人は東京国税局長であり、かつ文面が課税に不服故そのとりけしをもとめるものであることは証拠上あきらかであるから、これを審査の請求として処理することはなんらさしつかえないはずである。

しかしながら更正処分にたいして再調査の決定を経ることなく直接審査を請求することが許されないことは所得税法第四八条、第四九条(控訴人は青色申告者でないから第四九条第二項は適用されない)にてらしあきらかであるから、被控訴人および訴外東京国税局の担当係員は控訴人の真意をたしかめ再調査の請求にあらためるように説得したが、ついに控訴人の聞きいれるところとならなかつたのである。このような措置は法規にてらしいささかも違法でないことはもちろん、行政上からもきわめて妥当な措置というべきであるから控訴人から非難されるいわれはない。なお控訴人は税法に暗く、本件の場合採るべき適法な手続を知らなかつたと主張するが、更正または決定処分の通知書には不服のある場合にとるべき手段について詳細に説明した印刷物を同封して送付しているのみならず、控訴人のため税理士が関与している上、本件の場合は前述のとおりしばしば説明を加えて変更方を申し入れているのである。このような事情の下において不服申立の手続を知らなかつたという控訴人の主張はとうてい採用に価しないというべきである。

二、控訴人は被控訴人が控訴人にたいして補正命令を発したことをとらえて再調査の請求とみなした証左であり、かつ再調査の請求の形式上のかしを宥恕したものであると主張するが、みぎ主張は失当である。

すなわち、本件請求にたいし被控訴人が補正命令を発したのは、担当係員の説明を了承して控訴人において再調査の請求に変更することを予期し、これを前提として補正命令を発したものにほかならない。しかるに控訴人は変更することを肯せず、あくまで審査の請求であり、国税局長を相手とする旨強調するので、やむを得ず請求人の申立の趣旨に従いこれを国税局長に送付するに至つたのである。みぎの事情によりあきらかなとおり補正命令を発したことはこれによりこれを適法な再調査の請求とみなしたものではなく、また形式上のかしを宥恕したものでもない。なんとなれば、このような場合税務署長、国税局長といえども再調査講求の手続をとばしてただちに審査請求の手続を開始せしめることは税法上認められていないのである。

三、控訴人は、再調査の請求後これに対する税務署長の決定通知をうけることなく三カ月を経過することにより審査の請求がなされたものとみなされたところ、東京国税局長が補正命令を発し、これに応じないことを理由として控訴人の請求を却下したのは違法である、と主張するが、争点となつている請求が適法な再調査の請求でないことは前述のとおりであるから、適法な再調査の請求があつたことを前提とするみぎ控訴人の主張は失当である。したがつて審査の請求は不適法であり、却下されるべきことはむしろ当然である。

なお再調査の決定を経ない不適法な審査の請求を東京国税局長が何故にその理由でただちに却下せず、補正命令を発した上これに応じないため却下するという処置をとつたかという点をあきらかにする、すなわち審査の請求は不服の事由を具し、証拠書類を添付してすることとなつているが、証拠書類の添付の有無は書面それ自体からあきらかである。他方当該審査の請求が適法な再調査の請求を経た後になされたものかどうかの点は請求それ自体では不明で、後日所轄税務署長からの報告を得た上でなければ判明しないから、本件においてまず形式的要件として証拠書類の添付に関し補正を命じ、ついで再調査の請求を経ているか否から審理に入つたところ、控訴人は再調査請求をする意思がないのみか補正命令にも頑として応じないので、いじれにしても本件審査請求は不適法として却下さるべきものであつたのであるが、その通知書に付記した理由がたまたま却下理由のうちの補正に応じなかつた点のみをかかげたものである。

証拠関係<省略>

理由

当裁判所はつぎのとおりおぎなうほか、原判決理由と同一理由によつて控訴人の本訴請求を不適法として却下すべきものと判断するから、原判決理由をここに引用する、成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証の各記載はいずれもみぎ認定のさしわりとはならない。

一、所得税法の再調査請求ならびに審査の請求を公法上の行為と解すべきことは控訴人主張のとおりであるが、これら公法上の法律行為の解釈に当つては当該意思表示のなきれた情況その他一切の事情をしんしやくしてその表示行為のもつ客観的の意味内容を推断すべきことは私法上の意思表示の場合となんら異なるところはない。したがつてなんらかの事情により表意者の意図があきらかにされたとするならばその意思表示を解釈するについて当該事情をもさんしやくすべきことは当然のことである。

しかして本件の場合においては、原判決説示のとおり、被控訴人は所得税法上更正処分にたいしては再調の決定を経ることなくただちに国税局長にたいし審査の請求をすることは許されないので、控訴人提出の書面の宛先・標記にかかわらずこれを被控訴人に対する再調査の請求の書面と解する余地あることを考え、控訴人の真意をたしかめたところ、控訴人はあくまで東京国税局長にたいし審査の請求をするものであつて、被控訴人にたいし再調査の請求をするものでない旨を明言したので、被控訴人はみぎ言明により控訴人提出の書面を文字どおり東京国税局長宛の審査請求として取り扱うほかないと判断したのであるから、被控訴人のみぎ解釈はまことに妥当であつて、控訴人の内心の意図のみに従つてみぎ書面を解釈したといち控訴人の批難は失当であることはあきらかである。なお、原審認定のとおり、本件更正処分に対する不服申立については内山税理士が介在し控訴人のため被控訴人と折衝していたのみならず、原審における証人住友正昭の証言ならびに本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人は控訴人にたいて更正処分にたいする不服の申立は必ず、まず被控訴人にたいする再調査の申立によるべく、直接に国税局長あての再審査の申立によることをえない旨を告げて書類の訂正を求めた事実をみとめることができるから、本件の場合不服申立の方法を知らなかつたという控訴人の主張も採用できない。

二、本件請求にたいし、被控訴人が控訴人にたいし控訴人主張のような補正命令を発したことは当事者間に争いのないとてろであるが、この事実から被控訴人においてみぎ請求書のかしを宥恕し、これを再調査の請求書としてとり扱う旨の意思を表示したものと解することができないことは原判決説示のとおりである。被控訴人が控訴人提出の書面を再調査の請求書とみなしたものでないこともまた原判決説示によりおのずからあきらかである。

三、すでにして本件においては控訴人から被控訴人にたいし適法な再調査の請求がなされていること前説示のとおりであるから適法な再調査の請求のあつたことを前提とする控訴人の当審における前記三の主張も理由がないことあきらかである。

すなわち、原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

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